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鹿児島地方裁判所 昭和35年(行)2号 判決 1963年5月30日

原告 神室司泰蔵

被告 鹿児島税務署長

訴訟代理人 樋口哲夫 外五名

主文

原告の、被告が昭和三四年三月二日付でなした青色申告申請に対する取消処分についての再調査請求棄却決定処分ならびに昭和三一年および同三二年分所得税再調査決定の取消を求める部分の訴を却下する。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事  実 <省略>

理由

一、原告は被告のなした昭和三一年分青色申告申請取消処分および昭和三一年分、同三二年分の所得税更正決定の取消と共に、右各処分につきなした再調査決定の取消をも併せて請求している。しかしながら、所得税法による再調査決定に対し、すでにその当否の判断をした審査の決定が存する場合には、審査決定または原処分に対し取消訴訟を提起すれば足り、そのほかに再調査決定の取消を求める法律上の利益は存しないものと解すべきである。

よつてこの点に関する原告の請求を却下する。

二(イ)  原告が昭和三〇年以後につき、青色申告提出承認をうけていたもので、昭和三一年分所得確定申告額を五、八一二円、同三二年分を二三、五八六円とし、それぞれその年度に被告に青色申告したこと、被告が昭和三三年一一月二八日原告に対し、「昭和三一年分所得税の青色申告申請に対する取消処分」の通知をしたこと、原告が右処分を不服として、被告に対し再調査請求をし、被告が昭和三四年三月二日決定で再調査請求を棄却したこと、原告が更に訴外熊本国税局長に対し審査請求をし同訴外人が、昭和三四年一一月一一日決定で審査請求を棄却し、翌一二日原告に右処分の通知をしたことは当事者間に争がない。

(ロ)  原告は所得税法上「青色申告申請に対する取消処分」は存在しない、右処分が青色申告提出承認に対する取消処分とすれば、その通知に重大明白な瑕疵があるから取消されるべきものであると主張する。所得税法上青色申告申請に対する取消処分の存在しないことは原告主張のとおりである。しかしながら被告は青色申告提出承認に対する取消と表示したのは被告の過誤によるものであると主張するから青色申告提出承認に対する取消処分を「青色申告申請に対する取消」と表示してした処分の効力について検討すれば足りる。そこでこの点について検討することとする。

所得税法第二六条の三第一一項によれば、青色申告提出承認の取消処分をした場合には、その旨を承認をうけている者に通知することを要するが、右通知は処分そのものでなくあくまで処分の通知にすぎないから右通知に重大かつ明白な瑕疵があつて、右通知によつて承認の取消処分がされたと判別し難いような場合のみ処分が違法なものとして、無効となり、あるいは取消されるべきものとなると解されるところ、原告はすでに昭和三〇年分以後につき、青色申告提出承認をうけており、かかる者に対して青色申告につき、所得税法上税務署長がすることのできる処分は青色申告提出承認に対する取消処分以外考えられず、また成立に争ない甲第一号証(右処分の通知書)には現金出納簿を二重に記載し、売上金額を一定割合減額記帳して簿外預金を使用していたから、青色申告申請を取り消す旨の記載があるところから、右通知書が青色申告提出承認に取する取消処分の通知書であることが充分観取できるし、成立に争ない乙第四号証によれば、原告自身昭和三三年一二月二三日再び青色申告提出承認申請書を被告に提出しているから、原告は右通知書による処分が青色申告提出承認に対する取消処分であることを熟知していたというべく、従つて被告が青色申告提出承認に対する取消処分を青色申告申請に対する取消と表示して通知したのは表現が適切ではないがこの程度ではまだ行政処分の取消原因となる通知の瑕疵というに至らないものと解すべきである。

(ハ)  そこで、原告に同法第二六条の三第一〇項所定の事実があつたかどうかについて検討する。

原告は被告の提出を求めた昭和三二年八月から同年一二月までの間の現金出納を記載した帳簿(大学ノートに記載したもの)を所持していないと主張するが、証人若松敏夫の証言によると、右帳簿の存在したことが認められる。そして原告は当裁判所の文書提出命令をうけながら、これを提出しないから原告は昭和三二年分の青色申告備付帳簿書類以外に昭和三二年八月から同年一二月までの現金出納簿を別記し、この現金出納簿によれば原告およびその家族名義の定期預金、定期積金および普通預金等が支出されているにかかわらず青色申告備付の現金出納簿にその記載がなくしかも売上金額を作為のうえ減額している事実があるとの被告の主張を真実と認める。

原告および原告の家族名義の預貯金が別表三記載のとおり存することは原告において明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。

原本の存在成立および原本の写真であることに争ない乙第七号証の一ないし九、同第八号証の一ないし六、同第九号証の一ないし一〇、同一〇号証の一ないし二七、同第一一号証の一ないし一四によると、

これら預貯金のうち

(1)  神宮司明名義の鹿児島信用金庫城西支店の九〇、〇〇〇円の定期預金は神宮司頼子名義の日掛定期積金ロの二四一号の満期払によつてその元金を預け入れたものであること

(2)  頼子名義の同支店の日掛定期積金ロの三四一号の満期払による元金相当額が昭和三一年九月二五日原告名義の定期預金二七の一〇八号に振り替えられていること、

(3)  原告名義の同支店の普通預金と神宮司頼子名義の同支店の普通預金の方が出し入れの金額回数共相当多いこと、

(4)  神宮司明名義の前記定期預金、同支店の頼子名義の預金積立金および原告の預貯金に使用されている印鑑が同一のものとみられること(同支店の神宮司泰子名義のものも同一かどうかは本件証拠では不明)

等が各認められ、

証人若松敏夫の証言によれば、

(1)  原告が原告名義の預金帳等と共に家族名義の預金帳等をも保管していたこと、

(2)  神宮司房子は昭和三二年一〇月上京したこと、(しかるに乙第七号証の五、六、八によればそれ以後も房子名義の定期預金に使用している印鑑が使用されているし、成立に争ない同第一八号証の一ないし三によれば同女名義の郵便積立貯金が昭和三四年四月二〇日までつづけられている。)

(3)  原告の妻頼子は家族名義の預貯金の内容についてはほとんど知らないこと、

等の事実が認められ、甲第一〇号証をもつては家族名義の預金は家族のものと認めるに足らず、その他原告の営業所得以外に原告自らの所得を有していたことを認めるに足る証拠はない。(殊に神宮司頼子がその名義の預貯金全部を自らの所得によりしたものとするにはあまりにもその金額が多い。)

これらの事実によれば、右家族名義の預貯金は原告の事実収入により生じたものと推認される。

そうすると原告の青色申告備付帳簿書類の記載は昭和三二年分のみならず、昭和三一年分あるいはそれ以前の分についても所得の脱漏があると疑うに充分であるから、これら二年分の帳簿書類の記載事項全体につき、その真実性を疑うに足る不実の事実があると認めるべき相当の理由があるというべきである。

(ニ)  そうだとすれば被告が原告に対してした昭和三三年一一月二八日付青色申告申請に対する取消処分の取消を求める原告の請求は理由がないといわなければならない。

三、被告が、昭和三三年一二月六日、原告に対し、昭和三一年分総所得金額を七六一、六〇〇円に、同昭和三二年分を九五八、九一九円に更正決定し、その頃原告に通知したこと、原告が右決定に対し、被告に再調査請求をし、被告が昭和三四年三月二日決定で昭和三一年分総所得金額を六八四、九〇七円、同三二年分を七六五、三四一円に変更しその頃原告に通知したこと、原告は更に訴外熊本国税局長に対し審査請求をし、同訴外人が同年一一月一一日決定で昭和三一年分について総所得金額を六四二、〇二一円に変更し、同三二年分について審査請求を棄却し、翌一二日原告に右決定の通知をしたことは当事者間に争がない。

四(イ)  原告は「被告が原告を青色申告提出承認をうけない者として更正決定をしたのは違法である。青色由告申請に対する取消処分が青色申告提出承認に対する取消処分としても、被告が取消したのは昭和三一年分のみである。従つて被告が昭和三二年分について所得税の更正決定をしたのは違法である。右処分が昭和三一年分以後の取消をも含むとするならば、右通知書に昭和三一年分青色申告申請に対する取消と表示してした右処分の通知に重大明白な瑕疵がある。」と主張する。

しかしながら、前記のとおり原告は昭和三一年分について青色申告提出承認に対する取消処分をうけており、右処分には取消原因も存しないし、青色申告提出承認に対する取消処分は所得税法第二六条の三第一〇項によれば、同項所定の事実がある場合、その事実のあつたと認められる時までさかのぼつてその承認を取り消すことができ、その事実のあつた時以後に提出した青色申告書は青色申告書以外の申告書とみなされるので本件の場合原告に対する青色申告提出承認に対する取消処分は昭和三一年分についてなされたのであるから、昭和三二年分所得税につき、被告が原告を右承認をうけないものとして更正決定したのは何等違法でない。この点に関する原告の主張は理由がない。

(ロ)  原告は被告の昭和三一年分、同三二年分更正決定の通知書に理由の附記を欠くと主張する。そこでこの点について考える。

前述の如く原告はすでに昭和三一年分につき、青色申告提出承認に対する取消処分をうけたもので、かつ提出承認に対する取消処分のあつた場合、取消の事由があつた以後に提出した青色申告書は青色申告書以外の申告書とみなされるから、原告の昭和三一年分、同三二年分の青色申告書も右以外の申告書とみなされ、従つてこれらに対する更正決定は所得税法第四四条によるものであつて、同条第七項によれば、同条の更正決定については理由の附記を要しないものである。

そうすると、この点に関する原告の主張も理由がないといわなければならない。

五  原告の昭和三一年分、同三二年分の所得について検討する。前述の如く、原告の青色申告備付帳簿は信用できないし、原告の家族名義の預貯金が原告の営業からの売上除外あるいは所得の脱漏ということができても、いずれの事業年度の売上除外あるいは所得の脱漏かを特定することは困難であるからこのような場合原告の所得を算出認定するには資産増減法によるのが相当であると解されるから、被告の採つた算出方法は正当である。

そこで右算出方法により所得を検討する。ところで、原告の所得計算の基礎となる資産科目および昭和三一年、同三二年各期首期末の各資産科目の評価額のうち、別表六にかかげる科目の評価額を除いては昭和三一年分については別表一、同三二年分については別表二の各被告主張どおりであることは当事者間に争がない。

よつて別表六記載の各科目の評価額につき判断する。

(1)  当座預金について、

成立に争ない乙第一二号証によれば原告は鹿児島信用金庫城西支店に昭和三一年度期首に四、七九八円、同年度期末に二、九六六円、同三二年度期末に三七、四一三円の当座預金を有していることが認められ、右認定に反する証拠はない。

(2)  預金について、

別表三記載のとおり、原告の事業所得により生じた原告およびその家族名義の預貯金の存すをことは前記のとおりであり、これによれば昭和三一年期首三八五、八六〇円、同年期末四九五、一六六円、昭和三二年期末四四九、〇九三円となること計算上明らかある。

(3)  未払金について、

昭和三一年分期首の額が四二、六九八円であることは当事者間に争がない。原告主張の同年期末の未払金額中に七七、〇〇〇円、同三二年期末の未払金額中に一八八、〇〇〇円の各専従者給料の未払金が含まれていることは原告において明らかに争わないから自白したものとみなす。ところで青色申告提出承認に対する取消処分があつた場合は専従者給料は経費と認められないからその未払金も負債の部に計上することのできないものであり、被告がこれらを未払金中から否認したのは正当である。そうすると、昭和三一年期末(従つて三二年期首)の未払金は右四四二、二九六円から七七、〇〇〇円を減じた三六五、二九六円となり、同三二年期末の額は、原告主張の四八五、三五一円から一八八、〇〇〇円を減じた二九七、三五一円となること計算上明らかである。

(4)  預り金について、

昭和三一年期首の額が二六七、五〇〇円であることは当事者間に争がない。原告主張の同三一年期末の八〇、八五〇円および同三二年期末三〇一、八二〇円のうち二九八、八二〇円が原告の家族からの預り金なることは原告において明らかに争わないから自白したものとみなす。ところで前記認定のように、原告の家族には原告の事業から生ずる収入以外に収入を認めることができず、従つて結局右預り金は原告のものといわなければならず、原告の負債に計上しえないものであるから被告がこれを否認したのも正当であり、同三一年期末(従つて三二年期首)の預り金高は零、同三二年期末の額は三、〇〇〇円となること計算上明らかである。

(5)  元入金について、

昭和三一年分の原告の主張額は七〇一、八三二円である

が、前述(1) (2) により昭和三一年期首の当座預金が原告主張額より二、一七〇円、同期首の預金が三八五、八六〇円増加しているから、同年の元入金額は右七〇一、八三二円に右増加分を加えた一、〇八九、八六二円となること計算上明らかである。そしてこの昭和三一年分元入金に同年分の純資産の増減額を加えた額が三二年分元入金となるから、いま三一年分純資産増減額を算出すると一、九八四円の増加となる。とすると、昭和三一年分元入金一、〇八九、八六二円に一、九八四円を加えた一、〇九一、八四六円が昭和三二年分元入金となること計算上明らかである。

(6)  家事関連費について、

原告が昭和三二年度に家事関連費として一六、七八〇円(内訳、公租公課三、九七〇円、旅費七、三〇〇円、福利厚生費)の支出をなし、これを経費に計上していることは原告において明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。しかしながらこれらの費用は原告が店主として当然負担しなければならないものであるから、被告がこれを否認したのは正当である。(総生活費の一部となる。)

(7)  生活費について、

昭和三二年分青色申告備付帳簿記載の原告の生活費が二二五、三四一円なることは当事者間に争がない。原告が前記現金出納簿(大学ノート)を提出しないから、原告が昭和三二年八月から同年一二月までの五ケ月間に青色申告備付帳簿記載の生活費以外に生活費として二二九、八八六円支出しているとの被告の主張を真実と認める。

(a)(昭和三二年分簿外支出生活費)昭和三二年八月から同年一二月までに簿外生活費が前述のとおりあるとすれば、同年一月から七月までにも同程度の簿外支出生活費の存することは容易に推認できるところであり、これにより同年内の原告の簿外支出生活費を算定するには被告両名主張の如く三二年八月から一二月までの五ケ月分の合計簿外支出額である二二九 八八六円の月平均支出額を求め、これに一二を乗ずるのが妥当な算出方法である。これによると原告の簿外支出生活費は五五一、七二四円と推計できる。

(b)(昭和三一年分の生活費)これについては昭和三二年分の総生活費(簿外支出生活費五五一、七二四円、青色申告備付帳簿記載の生活費二二五、三四一円、家事関連費一六、七八〇円の合計額)から推計する外なく、弁論の全趣旨によれば原告は昭和三一年、同三二年頃鹿児島市内に居住し、乙第七号証の一ないし九、同第八号証の一ないし六、同第九号証の一ないし一〇、同第一〇号証の一ないし二七によれば昭和三二年度の預貯金額と同三一年度の預貯金額との間に大差なく、右預貯金は全て原告の事業収入によつて生じたものであること前述のとおりであつて、原告の昭和三二年度と同三一年度の事業収入が著るしく変動しているとは考えられず、従つてその生活程度も大体同程度とみるのが相当であり、かつ昭和三二年度の総生活費七九三、八四五円は都市消費世帯としては中等以上の生活程度であると考えられるから、その推計方法としては都市消費生活者一人当りの平均支出額の昭和三二年分に対する同三一年分の比率を求め、これに原告の昭和三二年分の総生活費を乗ずるのが相当であり、成立に争ない乙第一四ないし一七号証の各一、二(日本銀行統計局昭和三一年九月、同三二年三月、同年九月、同三三年二月発行の経済統計月報都市全世帯消費支出金額調)によると昭和三一年分の昭和三二年分に対する右平均支出の比率は九二・七四%となる。そこで原告の昭和三二年分の総生活費七九三、八四五円に九二・七四%を乗ずると、原告の昭和三一年分総生活費の推計額は七三六、二一一円となる。

(8)  専従者給与について、

原告が、昭和三一年度において二二五、〇〇〇円、同三二年度において一九九、〇〇〇円の専従者給料を支払つたことは原告において明らかに争わないから自由したものとみなす。唯右専従者給料は各年度の生活費から支出されたものであり、これを経費となしえないこと前述のとおりであるからこれを総生活費から別記すれば昭和三一年分は別表一、同三二年分は別表二の各被告主張額のとおりとなる。(但し昭和三一年分総生活費の推計額は前記のとおり七三六、二一一円であるから、同年度の生活費は五一一、二一一円となる。)

(9)  雑所得について

鹿児島信用金庫城西支店から別表五記載のとおり神宮司頼子等名義の定期積金、日掛定期積金につき、昭和三一年度に二、六三〇円、同三二年度に二、八七六円の各利子配当のあつたことは原告において明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。ところで右各積金は前述のとおり原告の事業により生じたものであるからその利子も原告のものというべく、しからば右各利子は原告の昭和三一年度、同三二年度の雑所得となるものである。

(10)  なお別表五記載のとおり預貯金の利子配当のあつたことは原告において明らかに争わないから自白したものとみなす。

そしてこれらの預貯金が原告のものであること前述のとおりであるからこれらにつき原告の事業所得から減算したのは正当である。

以上のとおり被告が別表六記載の資産科目についてした評価額は昭和三一年分生活費を五一七、二四五円とした点を除き、全部正当であるから、昭和三一年分生活費を五一一、二一一円と訂正して、同年分については別表一、同三二年分については別表二に基き資産増減法により各年分の原告の総所得金額を算出すると、昭和三一年分は七二七、九二四円、同三二年分は七九〇、四五九円となること計算上明らかである。

そうすると、被告が更正決定により昭和三一年分総所得金額を六四二、〇二一円(熊本国税局長の審査決定により同額に変更)、同三二年分を七六五、三四一円(被告の再調査決定により同額に変更)としたのは何等違法でない。

六、以上のべたところにより、被告が昭和三三年一二月六日付でなした昭和三一年分、同三二年分所得税更正決定の取消を求める原告の請求も理由がないといわなければならない。

七、よつて訴訟費用につき、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 宮本勝美 平井博昭 保沢末良)

別紙一~六<省略>

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